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安倍退陣で誕生した「菅内閣」支持率爆上げの違和感

「殉教するヒーローとその継承者というイメージ」の罠

「殉教者」の意志を継ぐという名目の下に政策が正当化される手法

 私は、反安倍の左派や強硬なリフレ派の人たちのように、安倍政権の全てがダメだと思っているわけではない。モリカケ問題に首相本人が直接関与していると最初から決めつけて糾弾するのは公平を欠いている、と思っている――だからといって一切責任がなかったとか、問題にすべきではなかったと思っているわけではない。従って、菅内閣にスムーズに移行したことを、誤魔化しだとか悪夢の継続だなどと言って、嘆くつもりはない。

 しかし、今回の内閣の交代劇で、政策とは関係のない情緒的な要素が強く働いていたこと、日本の政治は、殉教するヒーローとその継承者のようなイメージで動くこともあるということは覚えておくべきだろう。

 日本人に限らず、人間は、命をかけて何かを成し遂げたようとする人が、間違っているはずがない、その思いを無にしてはいけない、と思い込みがちである。「殉教」というイメージで人類史上、最も大きな成功を収めたのはキリスト教だろう。イエスの十字架以来、多くの「殉教者」を出すことで全世界に勢力を広げてきた。中世の十字軍は、イエスと彼のために殉教した者たちの名の下に正当化された。

「殉教者」の意志を継ぐという名目の下に侵略を正当化するという手法は、一九世紀のナショナリズムに継承された。意図的に多くの殉教者を出すことで注目を集める、過激な宗教集団は、現代にも存在する。宗教を否定するマルクス主義も多くの殉教者を出し、彼らを看板として利用してきた。

 共同体の罪(穢れ)を背負って、みんなの身代わりに死んでいく犠牲の山羊を中心に結束を固めるというのは、ユダヤ教やキリスト教の伝統であって、日本のような農耕民族とは関係ない、と言う人がいるかもしれない。しかし、理念に殉じる人、障害や重い病を抱えて苦しんでいる人――スティグマ(聖痕)を負っている人――を前面に立てて、現実の利害関係や将来的な見通しとは関係なく、自分たちの言い分を通すということは、日本の政治や社会運動でもしばしば行われている。

 本格的な宗教戦争を体験してこなかった日本人は、欧米人よりも、殉教者(=犠牲の山羊)に免疫がないかもしれない。欧米の左翼活動家は、自分と信念が違えば、相手がマザー・テレサのような聖人でも公然と糾弾する。日本の良心的な人は、「あれだけ苦労し、信念の実現のために人生をかけている人には、何も言えない」、と思ってしまいがちだ。コロナでみんなが不安になっている、今のような時こそ、美しい殉教者の罠に警戒する必要がある。

文:仲正昌樹

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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